STUDIOでノーコードを極める道もあれば、CGやインスタレーションなども選択肢の1つとして候補になるだろう。「近い将来に価値を生むスキルは何か?」と、問いが投げかけられた。2024年2月、東京・渋谷にてSTUDIO DESIGN AWARD 2023の授賞式が開催され、標記のパネルディスカッションが行われた。登壇者は、S5 Studiosの田渕氏、QUOITWORKS Inc.のムラマツ氏、そしてRhizomatiksの木村氏の3名だ。ファシリテーターには、雑誌『Web Designing』編集長の五十嵐氏を迎え、デザイン業界を取り巻くさまざまなテーマについて議論を交わした。近い将来に求められるアートディレクションやデザインにおける価値、採用や育成に関するそれぞれのこだわり、 “賞レース” に参加することの意義など、Web制作の現場における3者の「いま気になること」へ注目が集まる。AIが進化し続ける時代の、デザイナーが生み出す価値世の中はいま、生成AIの進化によって変化の時を迎えている。不可逆な流れはデザイン業界においても大きなインパクトとなり、アートディレクターやデザイナーの「価値」をどこに見出すかを、Web制作会社を中心に模索が始まっている。ムラマツは、STUDIOでノーコードを極める道もあれば、CGやインスタレーションなども選択肢の1つであることに触れ、答えがない中であえて “近い将来に価値を生むスキルは何か?” と問いを投げかけた。自身は “ホスピタリティ精神の高さ” がこれからのデザイナーにとっての価値になると考えるが、異なる角度からも「価値」を探求したいのだという。田渕「非デザイナーでもデザインができる。エンジニアでなくてもWebサイトが作れる。それが当たり前になる時代では、特筆して目立つことよりも、利用者たちの生活環境に自然と溶け込めることが理想なのではと考えています」例に挙げたのは、ユニクロや無印良品などの商品ブランドだ。有用的なものを目指すことがスタンダードな世界で、“ふつう” を提案することで勝ち上がってきた。デザイナーが将来に活躍するためのヒントもそこにあるのではと仮説があるようだ。田渕「デザインが民主化して、誰でも安定的にデザインを生み出せるようになると、そのサイクルの中で “ちょっと面白いことをする” みたいなリズムが大事になると思っていて。ユニクロも同じデザインの服を売っているけれど、たまに世界のトップデザイナーとコラボをすることがありますよね」“ふつう” を作る能力と、ふとした時に面白いことを提案できる能力。この2つが今後は重要なスキルとして台頭する可能性が高い……。田渕が示唆した未来図に続いて、木村からも異なる角度から持論が展開された。アートディレクターにはテクノロジーを受け入れる力が、デザイナーには作家性が求められるのではないかというのだ。木村「本当に重要なのはホスピタリティですよね。本当にそこは同感です。なので、それを前提とした上で次に求められるのが、デザイナーの場合は “無価値なものにどれだけ没入できるか” という、ある種の作家性が価値になる気がします。人には作り出せないものを作り出せるデザイナーには、そういった追い求める力があると思うんです」一方で、アートディレクターには、テクノロジーの変化を含めた状況を受け入れる力が重要になると続けた。1つのやり方に固執せず、生成AIも脅威と捉えずに、手段として使っていけばいい。柔軟に動ける力こそが、これからの時代に求められるという。木村「生成AIが注目されていますが、使ってみて多くの人が気づくのは “奇跡の1枚はAIからは出てこない” ということです。便利ではあるけれど、既視感の先を超えるようなものを生み出すには、現時点では人間の力、自分の力が必要なのではないでしょうか」デザイナー採用で注目する、好きの先にある「熱量」これからの時代に必要なスキル、能力を踏まえつつ、では「採用・育成」の視点に立った時にはどのような観点、こだわりで取り組んでいるのか?話題が移ると田渕は、ムラマツと木村がそれぞれに採用活動に力を入れていることは知りつつも、重点を置いて見る箇所の違い、対比に興味があるのだと話した。ムラマツが答える。ムラマツ「採用で大切なことは、組織のフェーズや仕事内容によっても変わるはずです。その前提を踏まえた上で、弊社は5人以下の “少数精鋭チーム” を目指しているんですね。また、何を有能とするかの定義もしっかり固めました」社内的に有能であると認める要件は複数あるものの、特に重視しているのは、社交性の高さやSNSネイティブである点だという。ムラマツ「社交性が高いと人から学ぶ機会が多く、技術も教えてもらいやすい傾向にあると思っているんですね。ホスピタリティの高さにも通じるものがあります。ただ、社交性を高める方法って教えられないですし、研修や教育でどうにかなるものでもない。SNSも同じで、会社から無理にSNSをやれと言えない以上、本人の自主性や自律的に動けるかどうかに委ねるしかありません」加えて、自分が興味や疑問を持ったものに対して、調べ尽くせるかどうかも欠かせない能力だとムラマツは話す。日本語での情報が少なければ、英語のソースも含めて洗いだす。採用ではこうした個人の特性と紐づくソフトスキルに注目しているようだ。木村「ポートフォリオを見る時、僕はデザインが好きな人かどうかを見極めるようにしています。デザイン力は、本を読んだり良質な作品に触れるだけではなく、自身の手を動かし鍛え続けなければ衰えてしまう筋肉のようなもの。言い換えれば、本当にデザインが好きで没入できていれば、それはポートフォリオにも表れているはずです」この意見にはムラマツも同意する。ある対象についてどこまで好きかどうかは、持っている情報の深度からある程度わかるという。木村はそこにもう1つの観点を加えた。木村「誰が見ても無価値だと思えるものをひたすらやり続けた結果、その人しか絶対に表現できないような、クラフトから出てくるものもあると思っています。トップクラスの人たちって、好きが高まりすぎてて狂気のレベル。勝とうと思ったらそれ以上の熱量を持たないと」ここまでの両者の意見を踏まえ、では育成でこだわっている点はどうか? と田渕は再び問いかけた。これにはムラマツが、自分のことを先生ではなくライバルだと捉えて向き合ってほしいと述べた。入社直後は、新しいことを吸収しようと必死なタイミングだからこそ、互いに切磋琢磨する形で相乗効果を生み出したいのだという。AWARDの開催目的に合わせ、デザイナーは成長する木村からは、パネルディスカッションの最後に “賞レース” へ参加することの意味について問いが投げかけられた。目的化することに対するネガティブな印象もあれば、デザイナーが成長の糧にする用途も考えられる。2024年のいま、改めて “賞レース” に参加することの意義とは。アワードの審査員側になることもあるムラマツと、実際に手掛ける立場にもある田渕。それぞれの考えを聞く。ムラマツ「僕は賞に応募した経験がそんなに多くないんですよね。それでも何度か挑戦したのは、成長のきっかけにしたかったから。賞をもらえたら成功、もらえなければ失敗っていうのがわかりやすい。失敗をしても、その経験を次に活かして前進できるので、そのあたりに意義があるのかなって思います。田渕さんはどうですか?」ムラマツからのバトンを渡された田渕は、同じ意見の部分も多いとしながらも、アワードの企画背景から大きく2つに大別して説明ができると続けた。田渕「1つは業界コミュニティや学術団体が開催するアワードです。『The Webby Awards』や『Awwwards』、JAGDAが運営するアワードが代表的でしょう。参加する側にとっては高いスキルが求められますし、その中でトップを競うことになるので、業界全体の視座を上げるための活動だと考えることができます」そう述べたあと、デザイナー側のメリットとしては、業界内でのヒエラルキーが一気に高まり、どの領域に仕事の焦点を絞っていくかを知らしめる効果が期待できると言及した。田渕「もう1つが、今回の『STUDIO DESIGN AWARD』のような、プロダクトを提供している企業が運営するアワードです。目的はエンゲージメントの向上で、コミュニティの中で輪が広がることに意義があり、色々な賞の、それぞれの観点から評価して認めることが重要になります。褒めて・褒められて、の図式が生まれることで参加者同士でも切磋琢磨できますし、企業側もユーザーとの関係性が構築できるわけです」賞レースに関する2人の考えを受け、今回のテーマを考えた木村は何度も頷いた。木村「賞の獲得は、自分の評価を上げるためのツールだとこれまで考えてきた節があるので、コミュニティ内でのエンゲージメントを目的としたアワードという考え方は新鮮でした。アニメ『ドラゴンボール』に登場する、天下一武道会みたいですよね。規定の中でデザイナーたちが各々取り組み、力の入れどころや予算の使い方も含めて、その思考の全部がデザインになっていく。そうした勝負の中で、お互いに称え合っていくわけですよね」ファシリテーターを務める五十嵐は、ここまでの内容を受け、デザイナー個々が持つ熱量やコミュニティの重要性について触れた。五十嵐「僕は雑誌作りに長年携わってきました。その中で以前、Webサイトを紹介するページを作ったことがあるんですね。そこに掲載されると、皆さんが喜んでくれたのを思い出しました。一種のコミュニティ機能を果たしていたのだと思います。また、熱量の話もありましたが、熱量があるか否かは非常に重要なポイントです。根底に熱量がなければ人を魅了することもできませんし、読者も手に取らなくなってしまいます」エンディングの時間を迎え、締めの挨拶にSTUDIO 代表取締役の石井が総括する。「熱量やデザインに対する “好き” の考え方の話題がありましたし、ホスピタリティというワードも何度か出てきましたね。それに関連させると、僕はデザインって愛だと思っているんですね。相手のことをどれだけ想って、設計や見せ方を考えられるのか。愛があるほど情報を吸収するし、アウトプットも変わってくる。それが “好き” の基準を測るものさしになるのかもしれませんし、ホスピタリティ精神の高さを可視化する1つの術になるのかもしれませんね」こうして、S5 Studiosの田渕氏、QUOITWORKS Inc.のムラマツ氏、そしてRhizomatiksの木村氏の3名によるパネルディスカッションは幕を閉じた。登壇者(写真左から)五十嵐 正憲(雑誌『Web Designing』編集長)早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了。「STUDIO VOICE」「+DESIGNING」等の雑誌編集部を経て、2011年に雑誌『Web Designing』編集部へ。2023年10月より編集長を務めている。田渕 将吾(S5 Studios アートディレクター / インタラクションデザイナー)HAL・モード学園卒。Webのインタラクションやインターフェースのデザイン、ムービー・スチール・イラストのアートディレクション、フロントエンドエンジニアリングを手がける。ジャンルやクリエイティブの境界なく多岐にわたり活動中。人とデジタルが相互に作用するインタラクションデザインを得意とする。ムラマツ ヒデキ(QUOITWORKS Inc. プロデューサー / ディレクター / デザイナー)2007年からWebデザイナーとして、都内受託系Webプロダクション(3社)で大規模企業サイト、プロモーションサイト、ECサイトなど、多岐に渡るWebサイト制作を行い2013年フリーランスへ転向。2013年からディレクションとデザインを兼務。2015年にQUOITWORKS Inc.として法人化。大企業の企業サイトから広告系までWebを基軸とした企業ブランディングを得意とする。デザインギャラリーサイトMUUUUU.ORG運営。Awwwards2022-23審査員。YouTuber「ムーテレ」。木村 浩康(Rhizomatiks / Flowplateaux アートディレクター / Webデザイナー)技術と表現の新しい可能性を探求し、研究開発(R&D)要素の強い実験的なプロジェクトを中心に、人とテクノロジーの関係について研究しながらデザインプロジェクトや作品制作を行うクリエイティブチーム「ライゾマティクス」に所属するデザイナー。デザインワークにおいては、印刷物からオンスクリーンまで一貫したアートディレクションを手掛ける。文化庁メディア芸術祭最優秀賞など多数受賞。